Gundam

私のガンオタの歴史 ―ジーク・ジオンへの道

先日、珍しく早く帰ってきた夫が携帯電話で会社の先輩と話し始めました。

「えぇっとね、ファーストならDVDありますよ。あとLDならU.C.は全部」

「私の」ファーストのDVD-BOXが貸し出されていきました。

そうやって、会ったことのない夫の会社の人に私がガンオタだということが広められていくのです。

珍獣、貴重種のように思われているので、私のガンオタの歴史でも書いてみようかと。

以下、一部ですが私のガンオタ、ジーク・ジオンの歴史です。

ガンオタへの目覚め

転がる緑の丸いの。

私の中の、一番古いガンダムの記憶です。

フラウの足下を転がるハロ。

たぶん、アムロが脱走する時のシーン。

TVの再放送を二人の弟に混じって時々見ていた程度でしたので、当時はトリプルドムとリックドムの違いが分かりませんでした。可愛いものです。

その時は、シャアの「シ」の字も出てきません。

シャアにホレたのは、その翌年の再々放送。

「認めたくないものだな」

で、イチコロ!! です。

戦隊モノでいうところの、熱血主人公のレッドより、クール(昔で言えばニヒル)な二枚目のブルーが好みだった私でしたから、アムロやガルマには見向きもせず、「大人っぽくって♥」なシャアに夢中になるのは当然のことと言えましょう。

ジオン派への道

シャアがカッコイイ! というだけでガンダムを見ていただけですし、おバカな小学生でしたから、政治背景などの設定をこれっぽっちも理解していませんでした。

理解したのは中学生になってから。アニメ雑誌でZガンダムの設定を読んだ時です。

「連邦が諸悪の根源だったんじゃん!」

それから、当時、朝日ソノラマから出版されていた小説版(現在、角川スニーカー文庫)を読んだことで、徐々にジオン派に傾倒していくことになります。

小説版では、地球連邦軍が「正義ではない」ことが描かれていますから。

さらに加速するジオンへの思い

サターン版『ギレンの野望』をジオン軍の圧倒的勝利でプレーを終了させ、そのエンディングでジオン派への道が加速していきます。

うろ覚えなのですが、

「ギレン・ザビは、戦時中は独裁者だったが、戦後は政治家として優秀な能力を発揮し、地球環境の保全とスペースノイドの自治権の確立に・・・」

そんな内容だったかと思います。

ギレンがただの悪、「ヒトラーのしっぽ」ではないのだと。

所詮、ifなのですが。

そしてジオン国民へ

「富野監督じゃなきゃ意味ないでしょう」

そう思っていた為、『0080』をリアルタイムで見ませんでした。

富野監督作品である『F91』で再びガンダム熱が盛り上がるかと思ったのですが、不完全燃焼です。

「あぁ、ジオン対連邦でないと燃えないんだ」

『0083』を見て確信したことです。

なぜ『0083』に食指がのびたのか今では覚えていませんが、ジオン派に決定づけられたのが『0083』です。

『0083』であれだけ連邦軍の腐敗っぷりが描かれているのですから、「どちらかと言えばジオン派」から「ジオン国民」「ジオン軍人」になるのも当然と言えるでしょう。

シナプス艦長もバニング大尉も良いですが、ガトー少佐やデラーズ閣下にはかないません。

そして連邦軍対ジオン軍ならと、『0080』を見る事になります。

ランバ・ラル大尉やハモンさん、ドズル中将、シュタイナー隊長、ケリー、ガトー少佐にデラーズ閣下・・・

彼らの死に様に惹かれるのかもしれません。

あ、でも政治的には一応穏健派です。

『C.D.A.』のマハラジャ・カーンや、あと、連邦軍だけどエゥーゴのブレックス准将とかね。

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